ド畜生黙示録

オタク的ないろんなこと

性癖:自己同一性の喪失

ここのところ暗い話題ばかりだったのでここらで気分転換である。

まぁこの話も突き詰めれば大変に暗い話ではあるが。

予め言及しておくが、一般的に性的嗜好のことを性癖とは言わないのだが、オタク文化の慣例に則ってここでは性的嗜好のことを指して性癖という言葉を使わせていただく。
また、これらは全て私の主観、感性に基づいたものであり、理論的な基盤などは特にないということを了承いただきたい。

はじめに

自己同一性というと、エリクソンの言うところのアイデンティティ云々という話が一般的に想起されるところであるが、ここでは単に”自分が自分であること”の意味である。もちろんアイデンティティの概念もその中には包括されていることであろう。

私がたしかに私である、という確証があってはじめて自己同一性が担保されている、ということである。

概念としてふわふわしているので、そういったジャンルのものをざっと挙げてみようと思う。

自己同一性の喪失を含むと思われる性癖の色々

TS

トランスセクシュアルTransSexual)の意である。
TSジャンルの創作物を概してTSF(TransSexualFiction)と呼ぶこともある。
LGBTの文脈とは一切関係がないので注意である。いや、ないわけではないが、あると言えば面倒になりそうなのである。
その文脈で言えば、トランスジェンダーの意味になることもあるが大変に面倒な話になる上、私は哲学的・社会的考察を行いたいわけではないので省かせていただく。

一般にTSは女体化・男体化といった単語で表されることが多い。
男性が女性に、女性が男性になる性癖のことである。
統計があるわけではないが、総数としては女体化の方が多いのではないか。
ちなみに参考までに2022/5/13/19:00現時点でのpixivにおける検索結果はこの通りである。

この性癖における同一性の喪失は、その性別である。
一般に精神や記憶はそのままであることが多く、にもかかわらず肉体の性別のみが転換してしまう。
また、肉体の変化に呼応するかのように、精神まで蝕まれていくというシチュエーションも多い。

TF

トランスフォーメーション(TransFormation)の意味である。
トランスフォーマーではない。(厳密に言えば含む可能性もあるが、そこまで希少な性癖を扱うつもりはない)
変身という英単語ではあるが、この中には多様な下位ジャンルが存在する。
一般に、普通の人間から、それ以外の何かへ変容する性癖全般のことを概して指す。
多いのはケモノないしFurry(ケモノ度の強いケモジャンルのことである)系のものであるが、それだけにとどまらない。
TSもこの下位ジャンルとすることができるかもしれない。ジャンルとして巨大なのでここでは分けさせていただいたが。
また、状態変化系や物品化などの性癖もここに含まれる。石化や食品化などである。

意外と数が多いので、下位ジャンルとして少しまとめておく。

Transfur

ケモノ化のことである。
一応、完全な獣化ではなく、擬獣化ということらしい。完全に獣になるのはまた別のジャンルである。
そもそもどこからどこまでが”ケモノ”なのかは議論の余地があると思われるので、深くは掘り下げない。

状態変化

石化、食品化、ゴム化、等々、更に多種多様な下位ジャンルが存在するが、流石にそれらを網羅すると気味が悪いので省略。
一時期韓国の彫刻、モルゲッソヨ化なんてのもあった。(これは厳密には状態変化か怪しい部類ではあるが)
材質に関わるものが多く、有機物から無機物へと変容させられたりすることが多い。
また、石化や食品化においては、その後破壊されるような描写も少なくない。

TFとしてのTS

すぐ前に取り上げた項ではあるが、TFジャンルにおいてのTS性癖は、その過程や肉体の変化に焦点を当てられていると考えられるので別途取り上げる。
性別そのものというより、女性から男性、男性から女性への変貌というその移ろいを重視していると考えられる。なにせトランスフォーメーションなので。

魔物化・同種族化等

この項は私が無限に話したいことであるが、下位ジャンルについてつらつらと話すのも良くないので簡潔に行こう。
いわゆる魔物娘・モンスター娘になる性癖、あるいは既にあるその種族に取り込まれる、といった性癖である。
言うまでもないが、人間ではなくなる、という点でここに分類される。


TF全般に言えることとして、肉体の変貌を伴うことが多い。
人間からケモノへ、人間から”モノ”へ、あるいは人間(男)から人間(女)へ。

その肉体の同一性を喪失していると言うことができるであろう。

悪堕ち

そもそも何が善で、何が悪かなんていう壮大な話はしない。
善とされているものが、悪に堕ちる、という性癖である。

ヒーローものとか、魔法少女ものとか、その上位ジャンルは多様であるが、成人向け作品に関わらずそういった作品は数知れずある。

喪われる同一性は、言うまでもないがその精神にある。

善・悪とあるくらいだから大抵何かと戦っていることが多いのだが、その善性を捻じ曲げられ、悪へと変容していく、というのがこの性癖の醍醐味だ。

無理矢理に悪堕ちするというのも一興ではあるが、元からあった猜疑心・悪性を利用されるのもまた乙なものである。というか俺はこっちのほうが好き。

洗脳・闇堕ち

悪堕ちとこれらジャンルを区別することは大変に難しい問題であると思う。

たしかに、外面だけを見れば、どれもダークサイドに堕ちる、という意味で同じであるように見える。
しかし重要なのはその過程である。

無理矢理の悪堕ちとは、どちらかと言えば洗脳のジャンルに含まれるのではないか?という指摘は大変に鋭く、善性を100%有しているにも関わらず、それを捻じ曲げられたのでは、悪に堕ちるというよりも、ただの洗脳・マインドコントロールである。
だから、私はこの2つの性癖は明確に区別されるべきである、と考えている。

更に、闇堕ちというのはまた違う側面を持つ。
闇とは悪ではなく、人間の負の側面の1つでしかなく、善悪ともまた違った問題だ。
直近で言えば『まちカドまぞく』の千代田桃は闇堕ちするが、あれはそもそも魔法少女/魔族という対比において光/闇という呼び方がされているだけで、別に悪堕ちしたわけではない。しかもどう見てもシャミ子に胃袋を懐柔されただけである(シャミ子、今日のご飯何?)。
しかも那由多誰何の方がぱっと見よっぽど悪である。

快楽堕ち・NTR

これらも一応悪堕ちの下位ジャンルのように思われる。

ただ、快楽・寝取られといった構図が、果たして悪なのか?という問題を孕む。

下位ジャンルというより別ジャンルにしたほうが良い気もするが、上位項目を多くするのも見づらくなるだけなのでここに統括する。

問題はあれど、精神の変容という意味で言えばかなり共通しているところがある。
正しいとされている方向から、間違っているとされている方向へ向かう、その姿勢は間違いなく悪堕ちの系譜である。

作品例

上記のような性癖を含んだ作品をいくつか挙げてみようと思う。

『愛聖天使ラブメアリー ~悪性受胎~』

www.dlsite.com

含まれる性癖:TS・悪堕ちなど

これは悪堕ち、快楽堕ちなどで有名な佐藤空気氏の単行本である。
筋書きとしては、愛聖天使と呼ばれる魔法少女的な少女が快楽・催眠の末に悪堕ちする、というものである。

氏お得意の快楽堕ち描写のみならず、徐々に悪堕ちしていく様子、その変容の描写が大変素晴らしい。

非常に喜ばしいことに、2人目の愛聖天使が幼なじみのショタであり、なんとこちらのショタは女体化した上でふたなりにされるなどという業の深いことをされている。そして行為中には、男性であったときの面影がちらつくなどというシチュエーションの凝りっぷりである。あのワンシーンで虜になったまである。

Webサイトサキュバスの巣より『サキュバス無限地獄』

www.sam.hi-ho.ne.jp

含まれる性癖:快楽堕ち・魔物娘、同族化

私のバイブルである。

サキュバスの巣には大変お世話になったし、今の私を形作っているものの1つだ(こんな最悪なことはない)。

その中でも特筆すべきがこれ。

筋書きとしては、絶大な力を得た勇者が地上に戻る途中、村娘がサキュバスに犯されるのを見てしまい、その虜になったがために永遠の餌にされる、というものである。

ただの村娘が犯し尽くされ、その後にサキュバスへと変容するという様がなんとも私の心に刺さった。懐かしい思い出である(本当に最悪だ)。

回転むてん丸(第一章~)

www.kurasushi.co.jp

含まれる性癖:悪堕ち

本当に何を言っているのかわからないと思うが、悪堕ちの典型的な例として挙げられるレベルの清々しい悪堕ちがこの作品にはある。

販促用の子供向け漫画であるこれが、である。
いや本当にどういうことなんだよ。

そもそもこの作品、当初は本当に子供向けの様相を呈していたのだが、リンク先である第一章から様子が一変、ケモノ娘からメカクレショタ忍者など子供の性癖ぶち壊しの御一行を連れて冒険する話に。

惜しいことにこの悪堕ちが含まれるという開示がストーリーのネタバレになってしまうので、ただ読んでほしいという布教にしたいのだがこの文脈だから仕方ない。

何が良いって、自らの弱さに絶望・心の隙に付け込まれて悪堕ちするという要素が悪堕ちの基本的な要素をよく抑えているのである。こんなもん子供が見たらトラウマになるわ。


この作品に関しては性癖云々じゃなくて、いや性癖もとんでもないんだけど褐色巨乳ネコ娘とか犬娘警官とかマッドサイエンティストとかメカクレとかもう何がなんだかわからんくらい性癖は詰め込まれてるんだけど(早口)、読んでほしいです。読んでください。お願いします。

※追記

加藤拓弐氏のTwitter漫画

悪堕ちは素材を活かす…という要点を詰め込んだような最高の漫画である。


食品化とか物質化みたいなのはあんまり性癖じゃない上に作品に疎いから省略。
ごめんね界隈の人。

なぜ同一性の喪失を求めるのか

さて、なぜこういった喪失を求めるのであろうか。

思うに簡単な話で、その理由は自らの存在からの逃避というただその一点集約されるように思われる。

生まれてから決して逃れられないものがある。
それは、”私が私であること”である。

これは、とても残酷なことだ。
私が代替不可能な、唯一私であるということを意味する。
不可逆的で、取り返しのつかない、しかも選択の余地のない、運命的なものだ。
産み落とされれば、二度と覆ることはない。

アイデンティティの確立を大事にしましょう”なんてことをよく言うが、裏を返せば、私が私であるということの取り返しをつかなくさせ、それを加速させるという意味でもある。
これがいかに残酷なことか、軽々しくアイデンティティなどと叫ぶ人間は全くわかっていない。
(余計な話であるが、私はこの意味において『世界に一つだけの花』が大嫌いだ)

私が私でなければ、どれだけ良かっただろう?と思ったことが、一度はあるのではないだろうか?
私が私として生きるのをやめられれば、どれだけ幸せだろうか?と。

自己同一性の喪失に関わるような性癖を持つ人は、少なからずこのような思いを抱くのではないかと思う。

自分であることを捨てられれば。
男ではなく、女の自分として再スタートできたならば。クソ真面目であることをやめてしまえれば。どこぞの石仮面が如く人間をやめてしまえたらどれだけ楽であろうか。いっそ、使い捨てられてしまえば良い。

そういった哀愁が、これらの性癖からは漂ってきているように思えてならないのである。

…これはあくまで、喪失している側へ移入した場合の話である。その場合、これらの性癖は全般として被虐性を併せ持つ。しかしながら、させている側に移入している人がいれば、これらの性癖は一転して加虐性を持つことになる。

だから、あくまで私の感性に基づいた話である、ということを了承していただきたい。

もし加虐性を持つこれらの性癖があるのであれば、教えていただきたい。それはまた新しい視点を得られると思う。

ただ、私の視点に則って言うのであれば、これらの性癖は全て共通して、”自己同一性からの逃避”を含んでいるように思われる。

決して届くことのない理想、喪失の先。


自己同一性の喪失という性癖は、そういったものなのではないかと私は思う。