多分、知ってる人は知っているんでしょうが、今はもう無き恋の話です。
気持ち悪いと思うからそんな未練たらたらの話なんか見たかねーよ!って人はブラウザバックしてね。
今となっては信じられないかもしれないけれども、小学生の頃は結構見境なく恋するタイプで、割と面食いというかなんというか、直感で動くタイプ。
ともすればかなり軽度知的っぽい行動までしてたかも。あんまりこういう表現は良くないけど。前にもどっかで書いた気がするけどかなりアレだった。まぁやっぱり生まれつきのがあったんだろう。
性の目ざめはかなり歪で、まあ治安のよくない地域だったのもあるから大体みんな小3とか4くらいにもなったらマセてたもんだけども、とはいえ自分はフリーゲームサイト:モゲラに転がってたサキュバスのビジュアルノベルがそれだったもんだからもうおしまい。
別にだからと言ってリアルに手を出すというわけでも全くなく、そりゃあ自分が明らかカーストの下位で、ナードで、どうしようもない人間の立場だったから、小6くらいになったらもうなんか色々と拗らせまくってた。
中学生になってもそれは相変わらずだし、なんならうちの地域は基本的に小学から中学は事実上のエスカレーター式で、メンツに代わり映えがない。
周辺の小学校が寄せ集められるから、増えるだけ。公立の良くないところ。
当時の自分は、まぁなんというか、そこらによくいるお堅い感じの、ともすれば嫌なヤツとも受け取られるような人間だったから散々いじめられてた。
友達はちゃんといたし、人間関係でどうこう、ということはなかったけど、だからと言ってカーストがひっくり返ることはなかった。もう二度と経験したくないね。
だから今があるといえば、まぁ、そうなのかもしれないけれども。
1学期の一番初めの席は名簿順で、右の列からあいうえお順で座っていったのを今でも覚えている。
その一番右の列に、他でもない、当時ポニーテールだった彼女の姿を見たから。
彼女はなんというか、つかみどころのない人だった。
快活かと思えばやたらネチネチしていたり、あっけらかんとしているかと思えば感情豊かだったり。
背丈はそんなに高くない。実は正確に覚えているけど、気持ちが悪いので書かない。
特別美人というわけではないけど、小動物的な愛らしさがある子だった。どちらかというと、噛みついてくるタイプの。
…これは新潟バフかも。新潟には顔がいい人が本当に多かった。その中で埋もれているというだけで、はっきり言って美人の部類だと思う。えこひいきかもしれないけど。
どうやって交流が始まったのかは、正直あまり覚えていない。
今となっては、同じ年ごろの人と交流することすら稀になってしまって、ましてやあの頃のことなんか思い出したくもないから、悪い記憶を除いて詳細が頭から根こそぎ剥がれ落ちている。
ここが厄介で、悪いことは本当に鮮明に覚えているものだ。
自分の給食のデザートでキャッチボールされたとか、俺がいじめられるのは俺のせいだと糾弾されたこととか。
こんな扱いの自分が、どうして普通に生活できていて、なんならほとんどの人とは問題なく交流できていたのか、もはや全く見当もつかない。
今思えば、彼女もまたそれら普通に生きていた人の一人で、別に自分に対して特別だったわけではないのかもしれない。
まぁけども、そんなつらい思いをしている中、彼女はカースト上位の連中にからかわれようとも、自分と普通に接してくれていて、それがとても嬉しかったのを覚えている。自分もまんざらではなかった。
席が近いときに、別の女子と話をしていたら、やきもちを焼いてきたのとか、本当に可愛げがあったなぁ。
彼女は腐女子だった。
当時自分はBLというものを理解できなかったけど、商業BL誌を結構読んでいたはずである。
趣味こそあうわけではなかったけども、オタクという方向性だけは一致していたから、なんだかんだ長い付き合いになっていた。
中学3年まで関係が拗れることもなかったし、なんなら本当に関係は良好だった。
バレンタインは毎年もらっていたし、お土産とかお互いに買ってくる仲だったくらいだし。
で、高校は自分が隣町の別の学校に通うことになったから、それまでに比べたらかなり疎遠になってしまったけれども、それでもわざわざ文化祭に顔を出して会おうとしたり、関係はちゃんと続いてた。
驚くべきことに、勉強を教えてほしいつってこっちの家にあげたこともある。
季節は冬で、二人きりだった。
あそこで手を出せるような人間だけが、上手くいくんだろうか。
自分はどういうわけか、膝枕をしてほしいと頼んだんだよね。
彼女は普通に、本当に普通に了承してくれた。
自分の人生に、幸せのタイミングがあったとするならば、あの時間しかなかったと、今でも思う。
こたつの中で、最も好きだった人に膝枕をされたまま、寝落ちしていた。
感じていたのは、心からの安らぎと安寧で、性欲など微塵もなかった。
家に帰った後、そのまま寝落ちていた俺の写真をLINEで送ってきた。
そんな関係だった。これがうまくいっていないとか、関係値が足りてないとか、微塵でも思えるだろうか?
けれども、ある日それは突然終わる。自分のせいで。
高校3年の夏、地域の夏祭りの日。
本当に何もなく終わる、外に出る気もない、受験生などこんなものか、と思っていたその日。
彼女からのLINEの通話が来る。祭りへのお誘いだった。
あぁ、物語のような奇跡はあるのだ!と、あの瞬間だけは信じていた。事実、奇跡だった。
別に何をするわけでもない。ただの小さな町の、なんということもない祭りだから、特段見るものもないけど、好きな人といられるだけで十分幸せだった。
友達に、その彼女に告白されたら付き合う?と聞いてもらった。うん、と返事が来ていたらしい。
それならば、と思って告白したんだ。
1日経って、返ってきた返事は、
「友達としてはいいけど、恋人としては考えられない」
だった。
6年間の全部が、それだけで消えた。
なんとなく、嫌な予感はしていた。
自分の人生に、何か良いことが、とんとん拍子で進むわけがない、という確信があったから。
きっとうまくいかない。どうしようもなく。
そんな確信めいた何かがあった。そして案の定だった。
けど、そうやって振り回してくる彼女だからこそ好きだったのだと思う、と思って当時は納得していた。
でもやっぱり少しだけ泣いた。あぁ、自分は馬鹿だ、と。
それ以来、彼女とは一度も連絡を取っていない。
今思えば、自分の浅ましさを見透かされていたんだと思う。
手も出せなければ、根回しがないとろくに気持ちも伝えられないような意気地なしなど、どうしようもない人間だ。
はっきり言ってクズだ。
ここまで読んでいてわかるだろうか?
書いてあるのは、”自分のこと”と”彼女のこと”だけで、”自分と彼女のこと”でないことに。
当時の自分はあまりにも未熟だった。少しうまくいったからといって人間関係のなんたるかをなんにも知らなかった。
人間関係なんて究極的にはギブアンドテイクに尽きる。
たとえただの友達だったとしても、どちらか片方だけなんてことはあり得ない。
彼女からはもらいっぱなしだった。俺はテイカーだった。それだけの話だ。愛想を尽かされたのだ。
俺は彼女に、マニック・ピクシー・ドリーム・ガールであってほしかったのだ。
その役割を押し付けてしまった。
後から、というか…知っていたはずのことだったのだが、彼女はいくつも薬を処方されていた。
精神薬だったのか、自律神経系の薬だったのか…は今となってはわからない。
当時の自分はそれをあまり重いことだと捉えられていなかった。
自分のせいでないのはわかっているけど、何かできたことがあったんじゃないかと、思ってしまう。
もっと色んなことを話せばよかった。
もっと色んなことをしたいと言えばよかった。
もっと彼女のことをわかってあげるべきだった。
自分のつらさを押し付けるべきじゃなかった。
恋に恋するだけで楽しかった、それだけで動けていた時代はそれで終わり。
自分の愚かさに気が付いてしまって、それ以降誰かに恋なんてできなかった。
あぁ、もう自分は後は枯れていくだけなのだ、と確信した。
事実、そのようになっている。別に色恋だけではない。
すべてが、文字通り、すべてが、あの瞬間に枯れ落ちた。
自らの愚かさ故に、何もうまくいかないことの象徴。
積み上げてきたものを自分でぶち壊す能無し。それが自分。
今だって、ずっと彼女の夢を見る。
思い出したくもない中学時代の連中と一緒に。
もう10年以上会っていないような、そんな連中の顔が、未だに夢に出る。
その中に彼女もいる。
どうかしていると思う。毎日会っているような人間より、10年以上前に会ったきりのような人間が、脳裏に焼き付いているらしい。
軽く病気だ。呪いかもしれない。
何かが好きだってことは本当に楽しいことだ。
それだけでなんだってできるくらい、強い力だ。
でもそれが人だった時、それが人であるということを意識しなくちゃいけない。
自己完結する感情ではないのだ。
自分と、相手がいて、ようやく成立する感情なのだから。
そんな戒めを心に刻んだところで、彼女はもう事実上いないのと同じだ。
二度と会えることもないだろう。