※そこそこ真面目な話です。
私は今数日だけ帰省している。
紛失したマイナンバーカード(財布ごと無くした)を受け取るためである。
怠惰な私は未だ住民票を移していないから、受け取るのに実家の市役所でなければならなかった。
両親には随分と迷惑をかけた。
実にフリーターになってから1年と半年ほど経過していて、その間全く帰省していなかったから、前回の帰省から結構な期間が経っている。
既に周知の事実だとは思うが、私は両親とあまり会わなくなっている。私自身が忌避しているからである。
忌避というより、気まずい。
はっきり言って家族関係は悪い方ではない。
むしろいわゆる毒親と呼ばれるような家庭に比べれば、よっぽどマシだ。
帰省したら暖かく出迎えてくれるし、食事に行き、酒を飲み交わし、お茶をして帰省を終える。何の不自由もない。
ただ、かつて私の地雷を踏み抜きまくったという経歴があるのと、私自身が、全く大人として結実できなかったという後ろめたさがあるためである。
ましてや、今回の帰省は財布を無くしたからという情けないものだから尚更である。
そもそもの話として、私は基本的に他人が嫌いである。
おそらくそれは両親もそうで、地元コミュニティにはあまり参画せずに日々を送っている。狭い土地であるにも関わらず。
それでも私が私である、ということと、他人が存在する、という事象は、かって何回も繰り返しているように不可分のことである。
私は大きな自己矛盾を抱えている。
それは、"私は私以外の形で存在し得ない"という信念と、"個としての私は存在自体が間違いである"という信念が同居していることである。
私はかつて、ASMRを聞くことがとてつもなく苦手だった。
はっきり言ってASMRというコンテンツ自体、昔はDLSiteで売ってるような抜き目当てのものが主流だと昔は思い込んでいたが、今ではそうではないと自覚している。
とはいえ、苦手だと思う理由自体は一貫している。
それは受け手であるこの私が、主体としてそれを受け取る、ということ自体である。
私ともあろうものが、こんな私が、施しを受けられるわけがない、受けたくない、受けない、そんな感情があった。
受け手として自分が立つということと、自分がそれを受容しているという事実が同時には全く受け入れ難く、それ故に、別にそういったものに限らず、主体として立つ、という行為自体が受け入れられなかった。
しかし、先ほどの話になぞって言うなれば、私自身の輪郭を認めないのであれば、同時に他者を認めていないとと同義である。私と他者とは不可分であるのだから。
そんな呪縛から、少しながらも私を救ってくれたのは、紛れもなく『Inverted Angel』である。
意味とは、人や現象と世界との全体像である…という価値観は、私にある種の変革をもたらした。
私自身の記述にも矛盾があることに気がつくだろうか。"私は私以外の形で存在し得ない"ことと、"私と他者は不可分である"こと、この二つの信念が、まるで強迫症じみた形で私に迫るのである。
ひょっとするとこれはある種、本当に私に対する強迫観念なのかもしれない。
0か100か、黒か白か、そんな両極端のダブルバインドで、自らを苦しめていた時に、出会ったのがいんばねである。
言葉では言い表し難いが…自らを、もっと緩やかな位置においても良いのだ、と思った。
"私"と"あなた"という両極端、二者性に主体を置くのではなく、その関係性に焦点を当てる…という着眼点自体が、私にとっては新鮮だった。
こうして最後に残るのは、鬱屈した、私自身の"存在としての誤り"という信念である。
これはもうどうしようもない。
寛解とまではいかないが、薬で多少緩和している。
対処療法でしかないことはわかっている。
本当のことを言えば、もっと専門的なアセスメントを受け、CBTなり何なりするべきなのだろうが、そんな余裕はない。これはもう、仕方がない。
そうして今は、ASMRとも、Vtuberとも、適切な距離感でやっていけている気がする。
尤も、一番好きだったはずのアンジュからコメントブロックされていることに気がついてだいぶゲンナリしており、正直かなり憔悴している。
結局こうなってしまうのか、という諦めのような感情が湧いてきており、また自閉的なコンテンツに回帰しつつある。
両親に話を戻すと…"私"と"両親"以上に、"家族"という関係性があり、これまでどうやって、その関係としてあったのか、そこにはどのような文脈があったのか…そのことの方が、よほど重要なのである。
父自身がどういう人間なのだとか、母自身がどういう人間なのだとか、両親は滅多に自分から話さなかった。
それは個としての自分以上に、家族としての立ち位置を重んじていたからなのであったと思う。
私は両親の年齢すら正確に知らない。自分から話してくれなかったからである。でも、それよりもっと大切なことがあるからなのだと思う(ちなみにもうすぐ70代になる。信じられない)。
帰ってくるたびに思う。どんなに忌み嫌おうとも、両親が生きている間は、ここに帰ってくることができるのだと。それはとても恵まれていることである。
もう少し、自分のことについてよりも、自分と、その周りのことについて慮るべきであろう、と思う。


